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2013年12月3日火曜日

秘密保護法施行後には「在外邦人によるネット発信」の重みがさらに増す

兵頭正俊(老紳士)
https://twitter.com/hyodo_masatoshi/status/407523688087445504
福島第1原発事故でも嘘の報道をし続けたマスメディアは、次の戦争ではさらに嘘をつき続ける。それは米国と共同の、委託された民間会社による放送になるだろう。作られた情報になるので、真実は日米以外の外国情報に頼ることになる。そのとき、外国の日本人によるネット情報が力を発揮するだろう。


兵頭正俊(老紳士)
https://twitter.com/hyodo_masatoshi/status/407467081974571008
日本のイデオロギー。「奴隷のくせに、考えるなって。テレビを見た人間は、みんなテロは悪だといっている。デモは大きな声で叫ぶだろ。恐いよな。あれこそテロなんだ。共謀罪どころじゃないよ。教唆して扇動しているじゃないか。頭にくる! 黙って歩けよ。早く帰ってテレビを見ろよ!」



《戦争体験者の証言「昭和20年8月13日の夜に敗戦を知っていた人がいた」》

http://www.maruyamahisao.com/katsudo.php?action=show&type=news&id=242

確か「福田さん」という若い工員さん(20歳くらい?)が、家に入る時に、「日本は負けた」と言うのです。

日本は神の国でこの戦争には絶対勝つと信じていた私は、この工員さんはうそを言っていると、相手にしませんでした。

(略)

--今にして思えば、日本測定器(通称「日測ニッソク」)の福田さんは、夜勤の間、短波放送で、極東放送FEN日本語版を聴いていて、日本が既にポツダム宣言を受諾していたことだと理解が出来ますが、14日の朝は、全く信じられませんでした。



☆地下放送

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E4%B8%8B%E6%94%BE%E9%80%81

地下放送(ちかほうそう)とは、番組放送の送り手側の姿を隠した放送。公式に放送を表明することなくプロパガンダ宣伝放送を行い、放送の送り手側の主張が放送の受け手側では主流でないなどが特徴。

紛争地域などでは、亡命政府や叛乱政府、独立派や民主化グループ、政治結社などその国では社会的少数者の組織や集団からの放送であることも多く、現代ではインターネットを介して行い主張を展開する事例もある。



☆自由日本放送

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E7%94%B1%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%94%BE%E9%80%81

自由日本放送(じゆうにほんほうそう)は、1950年代前半に武装闘争路線をとった日本共産党の〈所感派〉分派で、中国に亡命していた者たちが北京に設けた地下放送局。

サンフランシスコ講和条約発効後の1952年5月1日に開局。

地下放送局の構想は1951年頃からあり、伊藤律が「自由日本放送」と命名し準備が進められた。放送の実務はレッドパージで日本放送協会(NHK)を追放された藤井冠次が担当した。

IS(注:ラジオ放送局が主に放送開始前に送出する、放送局を識別するための音楽)は用いず、放送開始には管弦楽による「インターナショナル」のカラオケが用いられた。これはこの放送のためにモスクワで録音されたものである。また中波放送開始時には「平和を守れ」を中央合唱団の歌により放送されたことがあった。



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