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2016年7月9日土曜日

【密偵政治】政府に批判的な教師を密告するシステムが公開された(がすぐに非公開となった)

自民党による『学校教育における政治的中立性の実態調査』
http://archive.is/FysFM


https://twitter.com/yanko165/status/751403409387888640



https://twitter.com/c1ochtte/status/751416744950919168



https://twitter.com/Bulldog_noh8/status/751468554088697856



☆隠密

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9A%A0%E5%AF%86

隠密は南北朝時代から存在したが、隠密が「忍びの者」すなわち忍者として活躍したのは戦国時代である。特に伊賀者・甲賀者は著名である。伊賀者は徳川家康の伊賀越えを助けたことから、江戸幕府成立後に幕府に登用され隠密としての職務を掌った。だが、一方では忍者以外の隠密も用いられるようになった。

多くの隠密を用いたのは徳川家光・徳川家綱時代の老中・松平信綱と大目付・中根正盛である。特に中根は配下の廻国者で組織している隠密機関を幕閣という政府組織の一角に機関として組織化した。慶安の変の際には、隠密機関の活躍により武功派で幕閣に批判的であったとされる紀州藩主・徳川頼宣を幕政批判の首謀者とし失脚させ、武功派勢力の崩壊・一掃させた。

代表的なものは、徳川吉宗が紀州藩より連れてきた御庭番である。御庭番は公式には江戸城の奥庭を管理する役職であったが、実際には将軍や老中以下幕閣の命を受けて隠密活動に従事した。

他にも目付支配下の徒目付・小人目付、勘定奉行支配下の普請役・鳥見役人などが隠密活動に従事していた。彼らは身分的には低かったが、植村政勝・村垣範正など御庭番出身で歴史に名を残した人物も存在する。

また、間宮林蔵も晩年は幕府の隠密になったとされ、竹島事件やシーボルト事件などに関与したといわれている。

また、町奉行の同心が行っていた三廻のうちに江戸市中の風説を調査する「隠密廻」が存在していた。

諸藩においても下級武士などが隠密役に任じられて領内外の情勢を探らせていた。




☆『平家物語』に登場する禿

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%BF#.E3.80.8E.E5.B9.B3.E5.AE.B6.E7.89.A9.E8.AA.9E.E3.80.8F.E3.81.AB.E7.99.BB.E5.A0.B4.E3.81.99.E3.82.8B.E7.A6.BF

『平家物語』には、平安時代末期に平清盛が実権を握った際、「禿、禿童」(かぶろ、かむろ)と呼ばれた多数の禿の頭髪の童子(及び童形の者)を平安京内に放ち、市井の情報、特に平氏に対する批判や、謀議の情報などを集めて密告させた、とある。

ただし、『平家物語』は軍記物語であり、同時期に編まれた『玉葉』『愚管抄』にはその記述は見られない。



参考:『平家物語』
14歳、15歳の童を300人えらんで、髪をかむろに切りまわし、赤い直垂を着せ、京の市中を徘徊させ、平家のことをあしざまにいうものがあれば、これを聴きだして、その家に乱入し、資財、雑具を没収し、当人をとらえて六波羅に検束した。市中のものはおそれて関わらないようにした。禿童は自由に宮中にさえではいりし、禁門をとおっても姓名をたずねる者さえなかった。

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