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2014年4月30日水曜日

〔沖縄県知事選〕沖縄独立を主張する大城浩氏が出馬声明

☆沖縄独立掲げ出馬表明=知事選に会社代表
(時事通信)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140430-00000083-jij-pol

https://web.archive.org/web/20140430081531/http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140430-00000083-jij-pol

沖縄の独立を掲げており、米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古への移設については、反対の立場から「独立すればその話はなくなる」と述べた。



《歴史メモ~終戦直後に実在した「八重山共和国」》

☆八重山共和国 (やえやまきょうわこく)

http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-43177-storytopic-121.html

1945年12月17日、戦後の八重山で誕生した一種の人民政府。行政機能のマヒに加えてマラリアの流行、旧軍人の狼藉から住民を守るため青年有志が決起した。わずか1週間で使命を終えたが、人民政治を実現した自治会の出現は画期的。



☆八重山自治会

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E9%87%8D%E5%B1%B1%E8%87%AA%E6%B2%BB%E4%BC%9A

八重山自治会(やえやまじちかい)とは、終戦直後の1945年12月に石垣島で設立された八重山諸島住民の自治組織のことである。なお、後に「八重山共和国」という俗称が現れたが正式名称ではない。

1945年、八重山諸島を管轄する八重山支庁は機能を停止し無政府状態に陥ったので、八重山諸島の住民は「自警団」を創設する。その後、同年11月に「自治会結成準備会」が開催され、1ヵ月後の12月15日、石垣町の映画館「八重山館」において自治組織「八重山自治会」が設立され、宮良長詳(医師)が会長に吉野高善(医師)と宮城信範(元校長)が副会長に選出された。当面の目標として「人心の安定」「治安の確保」「引揚者の帰還促進」「マラリア患者対策」「闇物資への対策」が決められた。

1週間後の12月23日、米軍のジョン・デイル・プライス海軍少将が、チェイス海軍少佐を八重山に派遣して石垣島で米国海軍軍政府の樹立を宣言し、軍政府の下で「八重山支庁」が復活することになった。初代の支庁長には、八重山自治会長の宮良長詳が任命された。1946年1月24日、行政機構の復活で当初の目的が達せられたので八重山自治会は解散した。

当時の八重山自治会は「八重山共和国」と名乗ったことはなく、独立主権国家と宣言したわけでもない。また、俗に「蝦夷共和国」と称される箱館政権(総裁:榎本武揚)と比較しても、政府機構に準じた組織を持っていたわけでもない。しかし短期間にせよ日本国や米軍の実効支配が及ばない地にできた自治組織であったことから、一種の比喩的な表現として「八重山共和国」の呼称が生まれた。



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