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— 小沢一郎事務所さん (@ozawa_jimusho) 2013年4月5日
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2013年4月5日金曜日
アメリカ西海岸でも福島原発事故以降に生まれた子供の3分の1に「甲状腺の異変」が発生
アメリカの他の地域ではそのようなことはないとのこと。西海岸だけが異常。
Elevated airborne beta levels in Pacific/West Coast US States and trends in hypothyroidism among newborns after the Fukushima nuclear meltdown
http://www.scirp.org/journal/PaperInformation.aspx?PaperID=28599
医学論文「子供の甲状腺病変は“のう胞”の大きさに関わりなく悪性癌の可能性がある」
903 名前:地震雷火事名無し(千葉県)
投稿日:2013/04/05(金) 08:28:03.52 ID:sUElCkED0
子どもの場合、のう胞があることが異常で、サイズは関係ない。
以下を見てみ
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3608010/
in childhood, malignacies have been described irrespective of nodule size
(子どもの場合、甲状腺病変はサイズに関わりなく悪性癌の可能性があるとされてきた)
912 名前:地震雷火事名無し(千葉県)
投稿日:2013/04/05(金) 08:50:31.68 ID:sUElCkED0
FNAB=fine needle aspiration biopsy(穿刺吸引細胞診)
つまり、細胞診のこと
のう胞は5%から14%は悪性癌のリスクがあるから、サイズに関わりなく細胞診やれと言ってるわけ
(のう胞は安全なんてのはデマなの)。
847 :地震雷火事名無し(千葉県)
:2013/04/05(金) 07:35:41.62 ID:sUElCkED0
青森、山梨、長崎のう胞保有率57%の謎がとけた
汚染食品の流通が原因だ!
・子どもの場合、ヨウ素が甲状腺に2000bqあると800ミリSVの経口等価被曝量となる。
ソース 弘前大学
(注:PDF)
http://www.city.sanjo.niigata.jp/common/000065217.pdf
(49頁)
・体内に入ったヨウ素の2割が甲状腺に入る。
・食品のヨウ素基準値は2000bq/キログラム。
・子どもは1日に0・7キログラムの食品をとる。
・よって、最短3日で2000bqのヨウ素を摂取する。
・その内2割が甲状腺に蓄積するので、3日の甲状腺蓄積量は400bqとなる。
・2000bq(800ミリsv)のヨウ素が甲状腺に蓄積するには、15日かかる。
・東日本の食品を15日食べた日本全国の子どもは、最短15日で800ミリsvの経口被曝をしてしまう。
・より正確にヨウ素の半減期を考慮すれば、1か月くらい東日本産の食品を食べ続けた子どもは、かなりの甲状腺の経口被曝を受けている 。
・全国の子どもの甲状腺はヤバイことになっているよ。
・長崎の子どもののう胞保有率が一番低いのは、汚染食品の流通から遠かったから(だと思う)。
・福島ののう胞43%というのは恐ろしい過小評価(彼らは大量の吸引被曝もしている)。
食べて応援した子どもはとくに厳しいと思う・・
918 名前:地震雷火事名無し(千葉県)
投稿日:2013/04/05(金) 09:03:28.43 ID:sUElCkED0
「のう胞は安全」というデマに一役買ったのが、松本市の菅谷(昭)市長(医師)だ。
尊敬しているが、これは違う。嚢胞とシコリの違いなんてのは、相対的なもんだ。
のう胞=液状
シコリ=固い塊
なんてはっきりした区別なんてない。ほとんどがシコリと嚢胞の中間病変。
(シコリは本来は充実性病変=solid noduleと言うのが正しい)
ないしは、純粋のう胞が充実性をもち、結節化(石灰化)することも多い。
福島の場合、さらに深刻なのは、単一の嚢胞だけじゃなく、ほとんどの子どもが多発性のう胞を抱えていること。
多発性のう胞は、腺腫化するので、ホルモンの分泌を妨げて免疫力を低下させる。
さらに、一部では悪性癌リスクが単一性病変よりも高いと言われている。
〔続報〕釧路空港に緊急着陸したエア・ドゥ機は燃料に関する不具合を示すアラームが鳴っていた
☆エア・ドゥ機が緊急着陸、乗客らにけがなし 釧路
(産経新聞)
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/130405/dst13040512200000-n1.htm
釧路空港事務所とエア・ドゥによると、午前7時40分ごろに羽田空港を出発したが、上空で燃料に関する不具合を示すアラームが鳴ったという。実際に異常があったかは調査中。
小説「ボディ・レンタル」で知られる作家の佐藤亜有子さん(43歳)が死去
小説「ボディ・レンタル」で知られる作家佐藤亜有子さんが1月に死去していたことが判明。43歳。
2013/04/05 12:09 【共同通信】
http://www.47news.jp/FN/201304/FN2013040501001328.html
〔飛行機〕羽田発・釧路行きエア・ドゥ機が緊急着陸(エンジン止まる)
羽田発釧路行きエア・ドゥ機が釧路空港に緊急着陸。機長が2基あるエンジンの1基を止めたという。
2013/04/05 11:29 【共同通信】
http://www.47news.jp/FN/201304/FN2013040501001292.html
福島県伊達市の市長が「放射能との共存」を前提にした街作りを提唱
☆伊達市長「除染限界ある」 (朝日新聞)
http://www.asahi.com/area/fukushima/articles/MTW1304030700004.html
http://www.peeep.us/b95a477b
しかし、特に低線量下ではなかなか効果が上がらず、仁志田氏は「セシウムをゼロにはできない。放射能との共存を前提に長期的、総合的な放射能対策が必要」と述べた。
《おまけ》
http://mekenekotama.blog38.fc2.com/blog-entry-627.html
福島県伊達市の死者数が今年(2013年)1月の死者数が前年(2012年)1月に比べ60%以上増えました。
福島県伊達市の
2012年1月の死者数 69人
2013年1月の死者数 111人
で60%以上増えています。
709 名前:地震雷火事名無し(やわらか銀行)
投稿日:2013/04/05(金) 02:40:11.25 ID:ZL5MkHDaP
復興名目でバカどもに金をばら撒いているに過ぎない
被災者をみんな西日本へ移住させたほうがはるかに安いのに
あえて一番高くつく方法で除染やらなにやらいらんことばかりしているね
放射能汚染されたとこなど捨てたほうがいいのに、復興名目でハイエナどもに餌をばら撒いているだけの無策が国家予算を食いつぶしている
無能無知な安倍を担いでやりたい放題やろうとしているバカどもが国を滅ぼそうとしている
736 名前:地震雷火事名無し(やわらか銀行)
投稿日:2013/04/05(金) 03:45:10.08 ID:ZL5MkHDaP
平安京エイリアンw
http://youtu.be/yOj0uDppTME
穴掘って埋めていくゲーム
女子中学生が演説で「(在日朝鮮人が)憎くてたまらない。殺してやりたい」
☆日本の女子中学生が「朝鮮人を大虐殺する」との動画が、韓国で物議 (サーチナ)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130404-00000014-scn-kr
http://www.peeep.us/600612de
この映像
http://youtu.be/GoTBRpcaZS0
の中で女子中学生は「(在日朝鮮人が)憎くてたまらない。殺してやりたい」、「いつまでも調子にのっとたら、南京大虐殺ではなく『鶴橋大虐殺』を実行しますよ」と叫んだ。続いて「日本人の怒りが爆発すれば、それくらいはしますよ。大虐殺を実行する前に自分の国に帰れ、ここは日本です。朝鮮半島ではありません」と強調した。
▼邦文論文「ルワンダにおける1994年のジェノサイド」▼
ルワンダにおける1994年のジェノサイド
―― その経緯,構造,国内的・国際的要因 ――
饗場和彦(徳島大学総合科学部)
(注:PDF)
http://web.ias.tokushima-u.ac.jp/bulletin/soc/soc19-3.pdf
90年に RPF の侵攻が始まると,反ツチの動きが広まった。その中で政党,組織などを横断して強硬なフツ至上主義を掲げる人々の集まり「フツ・パワー(Hutu Power)」が台頭し,その急進派の一部がジェノサイドの計画,実行に及んだ。彼らは政権に近い政治的,軍事的,経済的エリートであり,多くがジェノサイド発生直後に作られた臨時政府のメンバーとなっている。「ルワンダ国際刑事法廷(ICTR)」では当時の閣僚ら多数のフツ政権幹部をはじめ,軍人,高官,ジャーナリスト,教会関係者ら約70人がジェノサイド,人道に対する罪などで拘束されている。特にジェノサイド時,首相に就いていたジャン・カンバンダは自らジェノサイドの画策,実行を認め,98年9月,有罪判決(終身刑)を得ている。
(略)
それでも政府に対抗する国内の野党・反対勢力に対しては「RPFの手先だ」などと批判し,抑圧,弱体化を図った。さらに,反ツチを言うことで,RPF以外の国家の不安定要因すべてをツチのせいにして政府の失政から目をそらすという,スケープゴートによる責任転嫁の効果ももくろめた。
こうした民族問題の政治化政策は,従来もともと存在してきたフツ・ツチの対立・分断関係と,政治・政府への不満とあいまって,過激な反ツチ主義として次第に拡散,それに伴い90年から93年にかけて4件,国内ツチに対する大量殺害事件が発生し,94年にジェノサイドが起きる前にすでに合計で約3000人のツチが犠牲になった。
このように,ハビャリマナは RPFの撃退と国内統治の安定化のため,反ツチを掲げる「民族問題の政治化」政策をとったのだが,それは突き詰めれば自らの権力基盤の立て直しとその継続という動機があったためであった。
ハビャリマナ自身はジェノサイドまで意図していなかったとみられるが,過激な反ツチ主義を活性化させた点において,土壌を「引火」させる外部要因を提供したことになる。
(略)
フツ・パワーは,RPF の侵攻が進むほどに,支持を拡大していったが,その支持拡大に奏効したのが,メディアを使ったプロバガンダであった。彼らは新聞『カングラ』(90年創刊),「ミルコリンヌ(千の丘)自由ラジオ・テレビジョン(RTLM)」(以下,千の丘ラジオ,93年設立)を作り,その中でツチへの対抗・排除を促すメッセージを大衆に送った。識字率が高くないルワンダ社会では,とくにラジオによる影響力が強く,殺害の現場にはたいていラジオがあったという。
メッセージは,「国内外のツチが一体化してルワンダ社会に浸透しようとしており,彼らはフツを大量に殺害して過去のツチ政権の再現を狙っている。数世紀前にツチの侵略で被害を受けた我々,無実のフツは,団結して自衛のためツチの排除にあたらねばならない」といった趣旨で語られ,ツチをナチスやゴキブリ,ヘビ,ばい菌になぞらえる中傷も伴って人々に浸透した。
“殺しの理屈”の要旨は, フツかツチかというアイデンティティを唯一の判断基準とする,帰属の絶対化,フツとツチは敵同士であり,ツチはフツから権力を奪おうとしているとする,対立の絶対化,こうしたツチに対抗するために暴力が肯定されるとする,暴力の正当化―― の3点から成っていた。
☆ルワンダ虐殺
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%83%AF%E3%83%B3%E3%83%80%E8%99%90%E6%AE%BA
ルワンダ虐殺当時の首相であったジャン・カンバンダは、ルワンダ国際戦犯法廷の事前尋問で「ジェノサイドに関しては閣議で公然と議論されていた。当時の女性閣僚の1人は、全てのツチをルワンダから追放することを個人的に支持しており、他の閣僚らに対して"ツチを排除すればルワンダにおける全ての問題は解決する"と話していた」と証言している。
(略)
研究者の報告によれば、ルワンダ虐殺においてニュースメディアは重要な役割を果たしたとされる。具体的には、新聞や雑誌といった地域の活字メディアやラジオなどが殺戮を煽る一方で、国際的なメディアはこれを無視するか、事件背景の認識を大きく誤った報道を行った。
当時のルワンダ国内メディアは、まず活字メディアがツチに対するヘイトスピーチを行い、その後にラジオが過激派フツを煽り続けたと考えられている。評論家によれば、反ツチのヘイトスピーチは「模範的と言えるほどに組織立てられていた」という。
ルワンダ政府中枢部の指示を受けていたカングラ誌は、1990年10月に開始された反ツチおよび反ルワンダ愛国戦線キャンペーンで中心的な役割を担った。現在進行中のルワンダ国際戦犯法廷では、カングラの背景にいた人物たちを、1992年にマチェーテの絵と『1959年の社会革命を完了するために我々は何をするか?(What shall we do to complete the social revolution of 1959?)』の文章を記したチラシを製作した件で告発した(なお、このチラシにある1959年の社会革命時には、ツチ系の王政廃止やその後の政治的変動を受けた社会共同体によるツチへの排撃活動の結果、数千人のツチが死傷し、約30万人ものツチがブルンジやウガンダへ逃れて難民化した)。カングラはまた、ツチに対する個人的対応や社会的対応、フツはツチをいかに扱うべきかを論じた文章として悪名高いフツの十戒や、一般大衆の煽動を目的とした大規模戦略として、ルワンダ愛国戦線に対する悪質な誹謗・中傷を行った。この中でよく知られたものとしては「ツチの植民地化計画(Tutsi colonization plan)」などがある。
ルワンダ虐殺当時、ルワンダ国民の識字率は50%台であり情報リテラシーが低かったことや、歴史的な封建主義的社会のシステムに由来する権力への盲追傾向から、政府が国民にメッセージを配信する手段としてラジオは重要な役割を果たした。
ルワンダの内戦勃発以降からルワンダ虐殺の期間において、ツチへの暴力を煽動する鍵となったラジオ局はラジオ・ルワンダとミルコリンヌ自由ラジオ・テレビジョン(RTLM) の2局であった。ラジオ・ルワンダは、1992年3月に首都キガリの南部都市、ブゲセラ (Bugesera)に住むツチの虐殺に関して、ツチ殺害の直接的な推奨を最初に行ったラジオとして知られている。同局は、コミューンの長であったフィデール・ルワンブカや副知事であったセカギラ・フォスタンら反ツチの地方公務員が主導する「ブゲセラのフツはツチから攻撃を受けるだろう」という警告を繰り返し報道した。この社会的に高い地位にある人物らによるメッセージは、フツに"先制攻撃することによって我が身を守る必要がある"ことを納得させ、その結果として兵士に率いられたフツ市民やインテラハムウェのメンバーにより、ブゲセラに暮らすツチが襲撃され、数百人が殺害された。
また、1993年の暮れにミルコリンヌ自由ラジオ・テレビジョンは、フツ出身のブルンジ大統領メルシオル・ンダダイエの暗殺事件についてツチの残虐性を強調する扇情的な報道を行い、さらにンダダイエ大統領は殺害される前に性器を切り落とすなどの拷問を受けていたとの虚偽報道を行った(なお、この報道は、植民地時代以前におけるツチの王の一部が、打ち負かした敵対部族の支配者を去勢したという歴史的事実が背景にある)。
さらに、1993年10月下旬からのミルコリンヌ自由ラジオ・テレビジョンは「フツとツチ間の固有の違い、ツチはルワンダの外部に起源を持つこと、ツチの富と力の配分の不均一、過去のツチ統治時代の恐怖」などを強調し、過激派フツの出版物に基づく話題を繰り返し報道した。また、「ツチの陰謀や攻撃を警戒する必要があり、フツはツチによる攻撃から身を守るために備えるべきである」との見解を幾度も報じた。
1994年4月6日以降、当局が過激派フツを煽り、虐殺を指揮するために両ラジオ局を利用した。特に、虐殺当初の頃に殺害への抵抗が大きかった地域で重点的に用いられた。この2つのラジオ局はルワンダ虐殺時に、フツ市民を煽動、動員し、殺害の指示を与える目的で使用されたことが知られている。
上記に加え、ミルコリンヌ自由ラジオ・テレビジョンは、ツチ系難民を主体としたルワンダ愛国戦線のゲリラを、ルワンダ語でゴキブリを意味するイニェンジ(inyenzi) の語で呼び、同ゲリラが市民の服装を着て戦闘地域から逃れる人々に混ざることに特に注意を促していた。これらの放送は、全てのツチがルワンダ愛国戦線による政府への武力闘争を支持しているかのような印象を与えた。
また、ツチ女性は、1994年のジェノサイド以前の反ツチプロパガンダでも取り上げられ、例えば1990年12月発行のカングラに掲載された「フツの十戒」の第四には「ツチ女性はツチの人々の道具であり、フツ男性を弱体化させて最終的に駄目にする目的で用いられるツチの性的な武器」として描写された。新聞の風刺漫画などにもジェンダーに基づくプロパガンダが見られ、そこでツチ女性は性的対象として描かれた。具体的な例として「ツチの女どもは、自分自身が我々には勿体ないと考えている(You Tutsi women think that you are too good for us)」とか「ツチの女はどんな味か経験してみよう (Let us see what a Tutsi woman tastes like)」といった強姦を明言するような発言を含む、戦時下の強姦(英語版)を煽るような言説が用いられた。
また、ミルコリンヌ自由ラジオ・テレビジョンは、堅苦しい国営放送のラジオ・ルワンダと異なり、若者向けの音楽を用いた煽動にも力を入れていた。シモン・ビキンディによるフツの結束を訴えた曲、『こんなフツ族は嫌い』が代表的な作品として知られている。
なお、同様のメディア・プロパガンダにより、隣国のブルンジでも1993年のンダダイエ大統領暗殺によりブルンジ虐殺が発生し、約5万人の市民が殺害され、約30万人が難民化した。
町田市の教育委員会が朝鮮学校の児童には「防犯ブザーを配布せず」
☆朝鮮学校への配布とりやめ 防犯ブザー、町田市
(共同通信)
http://www.47news.jp/CN/201304/CN2013040401002358.html
東京都町田市の教育委員会が、市内の学校に通う小学生に配布してきた防犯ブザーを、北朝鮮情勢などを理由に2013年度は朝鮮学校の児童への配布をやめる決定をしていたことが4日、市教委などへの取材で分かった。
《ことわざ解説》
「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」→
あるものを憎むとそれに関連する全てのものが憎くなってくるということ。
逆の意味をもつことわざには「痘痕(あばた)もえくぼ」がある。
《昭和8年に書かれた文》
『非常日本への直言』(山本義彦編『清沢洌評論集』岩波文庫、177~183頁)
http://www.asyura2.com/0601/dispute24/msg/587.html
序に代えて わが児に与う
お前はまだ何にもわからない。が、お前の今朝の質問がお父さんを驚かした。
この書の校正が出来あがって、序文を書こうとしている朝である。お前は「お父さん、あれは支那人じゃないの?」と、壁にかけてある写真を指して聞いた。「ウン、支那人ですよ」と答えると、「じゃ、あの人と戦争するんですね」というのだ。
「お父さんのお友達ですから戦争するんでなくて、仲よくするんです」
「だって支那人でしょう。あすこの道からタンクを持って来て、このお家を打ってしまいますよ」
お前のいうことを聞いていて、お父さんは思わず憂鬱になったんだ。お前は晩生れの七歳で、まだ学校に行ってはおらぬ。母親か女中かに教わって、片仮名でどうやら苗字だけは書くが、ワとアが混線して、行衛が不明になっている程度だ。不便なところに住んでいる関係で、お友達のないことが気の毒なほどだから、外部からの影響のあるわけはない。
それだのにお前は、いつの間に、そしてどうして支那人は日本人と戦争をする人間であることを知り、そうした恐ろしい人をお友達に持っているお父さんを不思議に思うようになったのだろう。
「どこから支那人は日本人をタンクで打つと教わったの?」と、お父さんが聞くと、お前は得意そうに肱を張って「教わらなくたって知っていらア、ちゃんと雑誌で読むんですもの」と答えたのだった。
なるほど読めた。雑誌社の好意で寄贈してくる少年雑誌などの絵を見て、お前は自然に時代の空気を感受してしまったのであるらしい。
×
親父がジャーナリストだから、この子も時代の空気を嗅ぐことは早い、と笑ってしまうのには、お前の疑問はあまりにお父さんの神経を刺激したんだ。
「この空気と教育の中に、真白なお前の頭脳を突き出さねばならんのか」
お父さんは、お前の教育について始めて真剣に考えたよ。それと同時に、思わずバートランド・ラッセルのことを想い出したんだ。かれの教育に関する著書の中に、かれの息子が教育期に達して、その教育問題に直面するようになってから、始めて真剣に教育のことを考え、その思索の結果がその著だという意味のことを書いてあった。そしてその後、かれは夫人と共に少年のための学校を経営するようになったはずだ。
ラッセルとお前のお父さんに、天分の相違がどれだけあったところが、子供に対する責任を感ずる点において相違があるものじゃない。お父さんも、今朝、今更ながら人間を偏えに敵と味方に分ける現代の教育に、お前を托さねばならぬことにいい知れぬ不安を覚えたのだ。壁にかかっている写真は、みんなお父さんの先輩や友達なんだ。比較的に世界を旅行したから、欧洲の人の写真もあれば、アメリカ人の写真もあり、またお前が見つけ出したように、支那人の写真もある。しかしこれは皆なお父さんのお友達なんだよ。お父さんのお友達が、たまたま支那人であったり、アメリカ人であるが故に、お前の家をタンクで撃つということがあるもんですか。
×
お前はまだ子供だから分からないけれども、お前が大きくなっても、一つのお願いは人種が異ったり、国家が違うからといって、それで善悪可否の絶対標準を決めないようにしてくれ。お前のお父さんはアメリカに行っておった時に、人種の相違で虐められたこともあった。その時には
「なに、こいつらが……」
と燃えるような憤怒を感じたものだが、しかし年齢をとって静かに考えるようになってからは、地球の上から、一人でもそういう狭い考えを持つものが少なくなることを念ずるようになったんだ。
前にもいったようにお前のお父さんは、世界を旅しない方ではない。それから感じたことは、文明というものは国を縦にした国境で決るものであるよりは、世界を横にした文化層で決るということだった。つまり一国の智識階級は、その国内の不智識階級よりも、むしろ外国の同じ層と、かえってよく手が握られ、世界文化の発達のためにつくせる場合がある。世界を縦に区切ることは、決して悪いことじゃない。けれども、これから広い世界に育たねばならぬお前に対して、お父さんは囚えられぬ心構えを望むんだ。
×
お前はお父さんが理想主義だと笑うかも知れない。しかしお前が、ものを考える時代になったら、その笑われた理想主義が果して遠道であったかどうかを見てくれ。
こちらからワンといって、先方がただ黙って引込むなら現実主義は一番実益主義だ。しかしこちらがワンというと、先方がそのまま引きさがる保証があるかね。こちらが関税の保障を高くして、先方だけに負わせる仕組が出来れば結構だが、先方も自己防衛から円の下落と、こちらの関税に対抗しないという保証がどこかにあるかネ。先方も困るということは、こちらが困らないということではないよ。近頃の日本のインフレ経済学者の中にも、時代の影響を受けて、こうした一本道の人が多いのは喜ぶべきことだろうか。
お前を対手にして、こんな小難しい理屈でもあるまいが、永遠から永遠に生きねばならぬわれらの国家にとって、いうところの理想主義者は結果において現実主義者であることをいおうがためなのだ。お前がこの文章が分る頃になったら、昭和七、八年の頃のことを歴史的立場から顧みてくれ。
×
お前が大きくなって、どういう思想を持とうとも、お前のお父さんは決して干渉もせねば、悔いもせぬ。赤でも白でも、それは全然お前の智的傾向の行くままだ。
しかしお前にただ一つの希望がある。それはお前が対手の立場に対して寛大であろうことだ。そして一つの学理なり、思想なりを入れる場合に、決して頭から断定してしまわない心構えを持つことだ。
お前のお父さんは、一部から非愛国者のようにいわれたことがある。しかし一家に育ったお前として、これほど滑稽な批難はないことが大きくなったら分るはずだ。「九千万という多い国民の中で、自分だけが国家の前途を憂えなければならぬような義務を誰に負わされたか」お前のお父さんは、時々、こんな自問を胸に画いて自嘲したい気持になるほど、真剣にこの国の前途を憂えているんだ。
お前もこの国に生れた以上は、国家を愛するに決っている。が、お前の考えるように考えなくても、この国を愛する者が沢山いることだけは認めるようになってくれ。お前のお父さんも、全然反対な立場に立つ人に対しても、真剣でさえあれば、常に敬意を払って来たんだ。
×
お前はお前だ、お父さんはお父さんだ。お前を教育するのに、お父さんの型に入れようというような気持は微塵もない。お前はお前のもっているものを、煩わされることなく発揮すればそれでいい。
お前は一生の事業として真理と道理の味方になってくれ。道理と感情が衝突した場合には、躊躇なく道理につくことの気持を養ってくれ。これは個人の場合にもそうだし、国家の場合でもそうだ。日本が国を立って以来道理の国として、立って来ている以上は、道理に服することが日本に忠実でないというようなことがあるものか。
西洋の誰かは「私は自分が生れた時より、自分の死ぬ時の方が、少し世の中をよくしたと信ずることが願いだ」といった。お前は世の中を救うの何のという夢のような考えを持たないでいい。一生道理のあるところに従った
― そういう確信を持ったようになれば、それでお前のお父さんの願いはたりるのだ。
ただ始めに書いたように現代の教育にお前を托するには、お父さんには相当に不安がある。それが少し心配だが、しかしさらばとてラッセルを真似て学校をたてるだけの甲斐性はあるまい。この現在の空気の下で、出来るだけお前を、道理を把持して動かない人間に導いて行くの外はない。
折も折、今朝の食卓でお前の頑是ない質問があったばかりに、お前に与える手紙がこの著の序文の代りになった。これも何かの想出になろう。
昭和八年三月十四日
〔鳥インフルエンザ〕死者は計5人になった
上海市政府は、鳥インフルエンザ(H7N9型)の感染者1人が新たに死亡と発表。死者は計5人に。
2013/04/04 23:12 【共同通信】
http://www.47news.jp/FN/201304/FN2013040401002398.html
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