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2013年2月12日火曜日
〔史料〕核抑止を超えて~湯川秀樹・朝永振一郎宣言
「核抑止を超えて」-湯川・朝永宣言(1975年)
(注:PDF)
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/seminar/No109/sawada20100426b.pdf
いまから20年前、ラッセルとアインシュタインが宣言を発表し、核時代における戦争の廃絶を呼びかけ、人類の生存が危険にさらされていることを警告した。その宣言の精神に基づいて、私たちは、人類の一員としてすべての人々に、次のことを訴えたいと思う。
広島・長崎から30年、私たちは、核兵器の脅威がますます増大している危険な時代に生きている。今私たちは、一つの岐路に立っている。すなわち、核兵器の開発と拡散がやむことなく行なわれていくか、あるいは、この恐るべき核兵器が絶対に使用されないという確実な保証が人類に与えられるように大きな転換の一歩を踏み出すか、その重大な岐路に立っている。
私たちは、戦争と核兵器の廃絶のために努力を傾けてきた。しかし、それが見るべき成果をあげたとは考えられない。むしろ、その成果の乏しいことに憂いを深めざるをえない。
「ラッセル・アインシュタイン宣言」が発表された当時は、まだ大量の核兵器は存在せず、世界平和の実現のためにその手始めとして熱核兵器の廃絶を行えばよいという考え方が成り立つ時代であった。だが遺憾ながら、その後、私たちは、核軍備競争をくいとめることができなかったばかりでなく、核戦争の危険を除去することもできていない。また種々の国際的な取決めによって、軍備管理という枠組みの中での努力と苦心が積み重ねられたけれども、その成果に見るべきものはない。
したがって、核軍備管理によって問題の解決が可能であるという期待をもつべきではないと、私たちは信ずる。そして核軍縮こそが必要であるという確信を深めざるをえない。
というのは、軍備管理の基礎には核抑止による安全保障は成り立ちうるという誤った考え方がある。したがって、もし真の核軍縮の達成を目指すのであれば、私たちは、何よりも第一に核抑止という考え方を捨て、私たちの発想を根本的に転換することが必要である。
もとより私たちは、核・非核を問わず、すべての大量殺戮兵器を廃棄し、また、最終的には通常兵器の全廃を目指して軍備削減を行なうことが極めて重要であると考える。しかしながら私たちは、今日の時点で最も緊急を要する課題は、あらゆる核兵器体系を確実に廃絶することにあると信ずる。
確かに核軍縮は全面完全軍縮を実現するための中間目標にすぎない。しかし、その核軍縮ですら、それに必要な政治的・経済的・社会的条件を満たさない限り、その実現はとうていありえない。
また私たちは、私たちの究極目標は、人類の経済的福祉と社会正義が実現され、さらに、自然環境との調和を保ち、人間が人間らしく生きることのできるような新しい世界秩序を創造することであると考える。
もし核戦争が起これば、破局的な災厄と破壊がもたらされ、そうした新しい世界を創ることは不可能となるばかりでなく、史上前例のないほどに人間生活が破壊されるであろう。このように見れば、核兵器を戦争や恫喝の手段にすることは、人類に対する最大の犯罪であるといわざるをえない。このように核兵器の重大な脅威が存在する以上、私たちは、一日も早く、核軍縮を実現するために努力しなければならない。
私たちは、全世界の人々、特に科学者と技術者に向かって、時間を逸することなく、私たちと共に、道を進まれんことを訴える。さらに私たちは、核軍縮の第一歩として、各国政府が核兵器の使用と、核兵器による威嚇を永久かつ無条件に放棄することを要求する。
1975年9月1日.
湯川秀樹.
朝永振一郎.
宣言署名者.
飯島宗一W・エプシュタイン.小川岩雄.
H・オルセンM・カプランE・E・ガラル.
坂本義和K・スプラマニアム.関寛治.
D・ゼンクハースW・C・ダビドン.豊田利幸.
H・A・トルホック.西川潤野上茂吉郎.
B・T・フェルトR・A・フォークP・ブラウ.
M・マフーズO・モーレF・ヤノホ.
山田英二H・ヨークC・W・ラスジェンス.
J・ロートブラット.渡部経彦.
〔メモ〕ローマ教皇の辞任は約600年ぶり
ローマ法王庁(バチカン)報道官によると、法王の辞任は約600年ぶり。
2013/02/11 21:07 【共同通信】
☆グレゴリウス12世 (ローマ教皇)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%AC%E3%82%B4%E3%83%AA%E3%82%A6%E3%82%B912%E4%B8%96_(%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%9E%E6%95%99%E7%9A%87)
グレゴリウス12世(Gregorius XII, 1326年 - 1417年10月18日)は、教会大分裂の時期に選出されたローマ教皇(在位:1406年 - 1415年)である。
ヴェネツィア出身で、本名はアンジェロ・コレル(Angelo Coraria)。インノケンティウス7世の急死後、ローマ教皇に選出される。アヴィニョンに対立教皇ベネディクトゥス13世がいた。
1409年、ローマ・フランス双方の枢機卿が集まり、教会大分裂を収束すべくピサ教会会議を開催する。当時は公会議主義の主張が高まっていた時期である。グレゴリウス12世及びベネディクトゥス13世の両教皇は会議に出席しなかったが、公会議は2人を廃位とし、ミラノ大司教を新たに教皇に選出した(アレクサンデル5世)。しかし、グレゴリウス12世もベネディクトゥス13世も同意しなかった為、3人の教皇が鼎立する状態になった。アレクサンデル5世は急死し、ヨハネス23世がその後を継ぐ。
1414年から開催されたコンスタンツ公会議でグレゴリウス12世を含む3人の教皇が廃位を宣言される。グレゴリウス12世は退位に同意し、1417年にマルティヌス5世が選出されると、ようやく教会大分裂が解消された。
☆教会大分裂
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%95%99%E4%BC%9A%E5%A4%A7%E5%88%86%E8%A3%82
教会大分裂(きょうかいだいぶんれつ)とは、1378年から1417年の間、ローマとアヴィニョンにそれぞれローマ教皇が立ち、カトリック教会が分裂した状態の事である。最も有名なシスマの1つで、単に「シスマ」という場合はこの事件を指すことも多く、また、「大シスマ」とも呼ばれる(「大シスマ」は、東西教会の分裂を指すこともある)。西方大離教、西方教会大分裂ともいう。
1377年、グレゴリウス11世(在位:1370年 - 1378年)が教皇庁をアヴィニョンからローマに戻すが、翌年逝去。教皇選挙(コンクラーヴェ)でイタリア人(ナポリ出身)のウルバヌス6世が教皇に選出された後、多数派のフランス人枢機卿らは選挙は無効だとして、ウルバヌス6世の廃位とジュネーヴ出身のクレメンス7世の教皇選出を宣言した。クレメンス7世はアヴィニョンに戻り、教皇位を主張したウルバヌス6世はローマに留まった為、カトリック教会は両派に分裂することになった。
事態収拾のため、1409年にピサ教会会議が開催され、2人の教皇(グレゴリウス12世・ベネディクトゥス13世)の廃位とアレクサンデル5世の選出を決めるが、2人の教皇は納得せず、結局、3人の教皇が鼎立する事態になった。
アレクサンデル5世の後継者であるヨハネス23世は1414年、神聖ローマ皇帝ジギスムントの圧力を受け、ドイツにコンスタンツ公会議を召集する。会期中にヨハネス23世はコンスタンツから逃亡してしまった為、公会議により廃位とされ、グレゴリウス12世も退位に同意。後にベネディクトゥス13世も廃位された。1417年、新たにマルティヌス5世が教皇に選出され、ようやく教会大分裂は収束した。
2013年2月11日月曜日
【大胆予想】次のローマ教皇はテッタマンツィ・ミラノ大司教かもしれない
ANSA通信によると、ローマ法王ベネディクト16世が2月28日をもって法王を辞任すると表明。
2013/02/11 20:04 【共同通信】
☆ミラノのドゥオーモ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%A9%E3%83%8E%E3%81%AE%E3%83%89%E3%82%A5%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%A2
ミラノのドゥオーモ (イタリア語:Duomo di Milano、ドゥオーモ・ディ・ミラーノ) は、ロンバルディア州都ミラノの象徴である。 都市の中心の同名のドゥオーモ広場に位置し、初期の聖母マリアに献納されているドゥオーモである。 ミラノのドゥオーモは500万人のカトリック信者がいる世界最大の司教区であるミラノ大司教区を統括する首都大司教の司教座聖堂であり、その大司教は2002年からディオニジ・テッタマンツィ枢機卿(Dionigi Tettamanzi
http://en.wikipedia.org/wiki/Dionigi_Tettamanzi
)が務めている。
この「ミラノのドゥオーモ」の公式サイト
http://www.duomomilano.it/?lang=en
を見ればわかるように、ディオニジ・テッタマンツィ枢機卿はユーチューブ
http://www.youtube.com/user/VivilDuomo
やツイッター
https://twitter.com/DuomodiMilano
やフェースブック
http://www.facebook.com/pages/Vivilduomo/126405487437844
などのネット活用に理解が深いと思われる人物であるので、「ネット時代のローマ法王にはふさわしい」という理由で支持が集まりそうな予感がする。
【オカルト】「聖マラキの予言」によると次のローマ教皇が“最後の教皇”となる?
ANSA通信によると、ローマ法王ベネディクト16世が2月28日をもって法王を辞任すると表明。
2013/02/11 20:04 【共同通信】
☆全ての教皇に関する大司教聖マラキの預言
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%A8%E3%81%A6%E3%81%AE%E6%95%99%E7%9A%87%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E5%A4%A7%E5%8F%B8%E6%95%99%E8%81%96%E3%83%9E%E3%83%A9%E3%82%AD%E3%81%AE%E9%A0%90%E8%A8%80
110.太陽の働き(作用)によって De labore solis
ヨハネ・パウロ2世(1978-2005)
彼は1920年5月18日インド洋上で部分日食が観測された日に生まれ、2005年4月2日に84歳で他界した。2005年4月8日に南太平洋から中南米にかけて、珍しい「金環皆既日食」が起こった。
111.オリーブの栄光 Gloria olivae
ベネディクト16世(2005-)
彼が襲名したベネディクトは聖ベネディクトゥスと結びつきが深い(ベネディクトゥスはオリーブの枝をシンボルとするベネディクト会の設立者である)。
112 ?
ローマ聖教会への極限の迫害の中で着座するだろう
In p’secutione. extrema S.R.E. sedebit.
ローマびとペトロ 、彼は様々な苦難の中で羊たちを司牧するだろう。そして、7つの丘の町は崩壊し、恐るべき審判が人々に下る。終わり。
Petrus Romanus, qui pascet oues in multis tribulationibus: quibus transactis ciuitas septicollis diruetur, et Iudex tremendus judicabit populum suum. Finis.
この散文は、『生命の木』やルスカの版では2段落に分かれていた(上記の訳はその区切り方に従った)。これを一段落にまとめたのは、1624年のメシンガムの版が最初であり、以降その読み方が、主として信奉者の間では踏襲されている(かつては、信奉者の中には「オリーブの栄光」の後に「極限の迫害の中で」と「ローマびとペトロ」に対応する2人の教皇が控えていると解する者もいたようである)。
これを112番目と見なすことには異説がある。オリジナル(信奉者にとっては聖マラキの手稿、偽作説にとっては1590年の手稿)には含まれていなかったのではないかという疑問や、前段が結句で後段はチャコンが勝手に付け加えた注釈にすぎないという見解が提示されている。これらの見解では、予言本体は111番目で終わっており、ローマびとペトロ云々はそもそもこの文書と無関係だった、ということになる。
ちなみに前半については、(一般にp’secutione.が「迫害 persecutione」の略と見なされており、直後のピリオドは無視されているのに対し、prosecutioneの略と見た上でピリオドも活かし)「(予言はここで)区切り。ローマ聖教会は終末までその地位にあるだろう」と意訳する者もいる。
全てひとまとまりと捉える信奉者の解釈では、『ヨハネの黙示録』からの流用とする説や、(初代ローマ教皇ペトロの名は、いまだかつてどの教皇も襲名していないことから)ニセ預言者とする説などもある。ちなみに、一般に「7つの丘の町」はローマのことであるが、信奉者の中にはニューヨーク と曲解する者もいるようである。
【続報】ローマ教皇が辞任(引退)を表明
ANSA通信によると、ローマ法王ベネディクト16世が2月28日をもって法王を辞任すると表明。
2013/02/11 20:04 【共同通信】
☆Pope Benedict XVI announces his resignation at end of month (ラジオ・バチカン)
http://en.radiovaticana.va/news/2013/02/11/pope_benedict_xvi_announces_his_resignation_at_end_of_month/en1-663815
Pope Benedict XVI on Monday said he plans on resigning the papal office on February 28th. Below please find his announcement.
Full text of Pope's declaration
Dear Brothers,
I have convoked you to this Consistory, not only for the three canonizations, but also to communicate to you a decision of great importance for the life of the Church. After having repeatedly examined my conscience before God, I have come to the certainty that my strengths, due to an advanced age, are no longer suited to an adequate exercise of the Petrine ministry. I am well aware that this ministry, due to its essential spiritual nature, must be carried out not only with words and deeds, but no less with prayer and suffering. However, in today’s world, subject to so many rapid changes and shaken by questions of deep relevance for the life of faith, in order to govern the bark of Saint Peter and proclaim the Gospel, both strength of mind and body are necessary, strength which in the last few months, has deteriorated in me to the extent that I have had to recognize my incapacity to adequately fulfill the ministry entrusted to me. For this reason, and well aware of the seriousness of this act, with full freedom I declare that I renounce the ministry of Bishop of Rome, Successor of Saint Peter, entrusted to me by the Cardinals on 19 April 2005, in such a way, that as from 28 February 2013, at 20:00 hours, the See of Rome, the See of Saint Peter, will be vacant and a Conclave to elect the new Supreme Pontiff will have to be convoked by those whose competence it is.
Dear Brothers, I thank you most sincerely for all the love and work with which you have supported me in my ministry and I ask pardon for all my defects. And now, let us entrust the Holy Church to the care of Our Supreme Pastor, Our Lord Jesus Christ, and implore his holy Mother Mary, so that she may assist the Cardinal Fathers with her maternal solicitude, in electing a new Supreme Pontiff. With regard to myself, I wish to also devotedly serve the Holy Church of God in the future through a life dedicated to prayer.
From the Vatican, 10 February 2013
BENEDICTUS PP XVI
ロシアの地震予知サイト「東京周辺は(じゅうぶんに)警戒せよ」
1 名前:M7.74(東日本)
投稿日:2012/12/13(木) 07:58:13.60 ID:0St1qUFsO
ロシアより愛をこねて。
サイト
http://quake_vnb.rshu.ru/index_eng.html
24時間予報
http://quake_vnb.rshu.ru/pics/eq_0.gif
48時間予報
http://quake_vnb.rshu.ru/pics/eq_1.gif
青=М3~5
緑=М5~6
紫=М6~7
赤=М8~
529 名前:M7.74(チベット自治区)
投稿日:2013/02/11(月) 06:41:18.20 ID:0JAo1QL+0
関東ヤバス!
http://hanayuu.posterous.com/175197615
530 名前:M7.74(北海道)
投稿日:2013/02/11(月) 13:25:34.33 ID:hD5Y9F/w0
うらー(;´Д`)
あした関東なの?
☆箱根山で地震活動が活発化 山膨張も
(2月7日の日本テレビ)
http://news24.jp/articles/2013/02/08/07222768.html
神奈川県と静岡県にまたがる箱根山で、先月から地震活動が活発化している。01年以来となる、山が膨張する地殻変動も観測されており、気象庁は「噴火の心配はないものの、注意深く監視する」と説明している。
兵庫県では「動物園のキリン」に続いて62歳男性も突然死
☆牛丼店トイレに1時間超…中には死亡した62歳男性が 兵庫・西宮
(産経新聞)
http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/130211/waf13021112190008-n1.htm
http://www.peeep.us/6f472dcf
男性はドアの壁にもたれるように座っており、着衣の乱れや目立った外傷はなかった。
《おまけ》
☆突然死 人気のキリン、シゲジロウ
(1月30日の産経新聞)
http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/130130/wlf13013009090001-n1.htm
http://www.peeep.us/32481b51
マサイキリンは、全国でも7カ所の動物園でしか飼育されておらず、ミライが誕生して以来の同園での繁殖も期待されていたが、26日午前8時ごろ、キリン舎の寝室で倒れているのを担当の飼育員が発見した。
愛理 2月7日
https://twitter.com/Elly617/status/299334099427016704
これはわかりやすい~。西宮、姫路辺りの海側から内陸平野部に流れ込んでる。 兵庫県のPM2.5濃度分布図
http://www.kankyo.pref.hyogo.lg.jp/taiki/contour/Contourmain.html
s_koji 2月8日
https://twitter.com/s_koji1/status/299871944805867520
テレビで中国大気汚染の特集。10時20分現在、しかし韓国も日本中もPM値が低い。ただし、その中で兵庫宝塚、京都山科、大阪堺三原、大阪守口のみが突出。すべて近畿。朝もそうだった。もはや関西の汚染は明らかに中国大気汚染ではない。橋下松井がれき焼却大気汚染。
皇帝アウレリウスやさぐれ珍道中
https://twitter.com/ishikawakz/status/300791842759401472
今日の大阪府内のPM2・5速報値。相変わらず大阪市内の此花は欠測。他の地点の数値も高め。堺も。
https://twitter.com/ishikawakz/status/300791842759401472/photo/1
愛理
https://twitter.com/Elly617/status/300803579898372096
此花区だけでなく、神戸市も全域欠測、何か都合が悪いことでもあったのかしらねぇ~。
https://twitter.com/Elly617/status/300803579898372096/photo/1
これはわかりやすい〜。西宮、姫路辺りの海側から内陸平野部に流れ込んでる。兵庫県のPM2.5濃度分布図kankyo.pref.hyogo.lg.jp/taiki/contour/… twitter.com/Elly617/status…
— 愛理さん (@Elly617) 2013年2月7日
【図表】中国殺人スモッグは日本海側を素通りしてなぜか大阪を直撃
Yoh Yagi
https://twitter.com/yohnoji/status/300846927795347456
12時の時点の大阪PM2.5。どうして毎回、1700km(!)も離れた北京から来た汚染が、京都をすっ飛ばして大阪港周辺を直撃するのでしょうか。
https://twitter.com/yohnoji/status/300846927795347456/photo/1
Yoh Yagi
https://twitter.com/yohnoji/status/300798590102671360
硫酸塩エアロゾル(この図によると中国由来)の予想図と、じっさいに観測されたPM2.5汚染を比較してみました。本当にPM2.5は中国から来たのでしょうか…?
https://twitter.com/yohnoji/status/298853844169928705/photo/1
松井一郎(大阪府知事) 2013年1月30日 0:09
https://twitter.com/gogoichiro/status/296273907881758721
本日(注:1月29日と思われる)より、被災地岩手県の災害瓦礫の広域処理をスタートいたしました。僕自身は測定した放射線量は0・03マイクロシーベルト、知事室が0・08マイクロシーベルト、完全に自然界レベルであり、安全確認済みです。
橋下徹(大阪市長。国民的英雄) 2013年2月2日 9:14
https://twitter.com/t_ishin/status/297498158802538496
しっかり新聞読んで下さい。発生源は中国です
RT @CHLion_hirobaby:私は此花区のわりと近くに勤務先があるのですが昨日あたりから目が痒くてくしゃみが止まりません。喉も痛いです。瓦礫焼却によるPM2.5の大量発生によるものだと思います。とても、苦しいです、助けて下さい
mimimi
https://jp.twitter.com/mitchy0007/status/297682961258663936
うちの近所(東京)で瓦礫焼却時も目が痒かった。偶然?
☆中国大気汚染 流入の西日本「物質濃度が急上昇」
(毎日新聞。1月31日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130131-00000031-mai-env.view-000
http://archive.is/JVQsf
大気汚染予測システムによる31日午前0時時点のシミュレーション。近畿地方の濃度が高く示されている=国立環境研究所のホームページから
☆中国大気汚染 流入の西日本「物質濃度が急上昇」
(毎日新聞。1月31日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130131-00000031-mai-env
http://www.webcitation.org/6EL8nrUif
国環研のシミュレーションでは28日午後以降、大陸から九州地方に流入し、30日夜から31日早朝には、大阪府や奈良県などで微小粒子状物質「PM2.5」が、環境基準(1立方メートル当たり1日平均値35マイクログラム以下)を超すレベルになったことが示された。
12時の時点の大阪PM2.5。どうして毎回、1700km(!)も離れた北京から来た汚染が、京都をすっ飛ばして大阪港周辺を直撃するのでしょうか。 #広域処理 #瓦礫 #大気汚染 twitter.com/yohnoji/status…
— Yoh Yagiさん (@yohnoji) 2013年2月11日
【再送】【拡散希望】硫酸塩エアロゾル(この図によると中国由来)の予想図と、じっさいに観測されたPM2.5汚染を比較してみました。本当にPM2.5は中国から来たのでしょうか…? #広域処理 #瓦礫 twitter.com/yohnoji/status…
— Yoh Yagiさん (@yohnoji) 2013年2月11日
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