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2017年3月24日金曜日

「窮鼠猫を噛む“桶狭間解散”ありうる」との見方 

140 名前:無党派さん
投稿日:2017/03/23(木) 22:33:13.35
蓮舫は昭恵のクビ取る気満々だし
共産党も乗っかって来たからな
(以下略)


153 名前:無党派さん
投稿日:2017/03/24(金)
しかし桶狭間解散になれば、クビが飛ぶのは蓮舫=今川義元のほうだぞ。


▼元スレ
http://awabi.2ch.sc/test/read.cgi/giin/1490222483/

2017年3月23日木曜日

2017年3月22日水曜日

【東京都議選】民進党から5人目の離党者が出た(小池新党に合流か)

☆都議選、民進から5人目の離党者 小池新党に支援要請か
(朝日新聞)

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170322-00000056-asahi-pol

http://archive.is/7WpRQ

民進は36人の公認予定者を発表していたが、これまでに4人が離党届を出しており、内山氏で5人目。


《おまけ》

☆佐久間信盛 ~ 生涯

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%90%E4%B9%85%E9%96%93%E4%BF%A1%E7%9B%9B#.E7.94.9F.E6.B6.AF

同年8月、信長から19ヶ条にわたる折檻状を突きつけられた信盛は、嫡男の信栄と共に高野山へと上った。その後、高野山にすら在住を許されずにさらに南に移動、佐久間家の郎党も次々に信盛父子を見捨てて去っていった。高野山に落ちる時はつき従う者は2、3名、熊野に落ちる時は1名きりだったという。なお、この最後まで付き従った者は、後に信栄が赦されて帰参が叶った時、その忠誠心を賞されて小者の身分から士分に抜擢されたという。

首都圏では明日発売の週刊新潮が「森友学園疑惑」関連記事を5つほど掲載 

週刊新潮 2017年3月30日号
(木曜日発売)

http://www.shinchosha.co.jp/shukanshincho/

炸裂! 「死なばモリトモ」爆弾

▼「アッキーメール」を武器に無敵総理に直球勝負
「男どアホウ」証人喚問

▼NGO1億円事業に鶴の一声? 「安倍昭恵」の私人パワー

▼お付きの旅費まで自腹で払う「アッキー財布」は官房機密費!?

▼火中の栗を拾ってスポットライト! 
謎の著述家「私の履歴書」

▼雲隠れ指示「財務省キャリア」はやっぱりいた!

2017年3月20日月曜日

【訃報】広島で被爆した肥田舜太郎医師が病死

https://twitter.com/22362gogo/status/843711514569723904



2017年3月16日木曜日

本日の読売新聞・茨城版の「訃報欄」に44歳男性と49歳女性の名が

813 名前:地震雷火事名無し(茨城県)
投稿日:2017/03/16(木) 20:53:54.19 ID:WVrCgkk1.net

今日の訃報(59件)

 笠間市 女性 44歳  喪主 父

 筑西市 女性 49歳  喪主 夫

 石岡市 男性 18歳  喪主 父
  ↑
 13日、石岡市の国道で市内に住む高3の男子が運転する軽自動車が対向車線の10トントラックと正面衝突し、死亡が確認された。現場は片側1車線の直線道路。警察は男子生徒がセンターラインをはみ出したとみている。

2017年3月15日水曜日

永田町の噂「5月下旬から6月にかけて“逆ギレ解散(逆噴射解散)”あるかも」

☆森友問題が政局化! 安倍首相、「逆ギレ」衆院解散&総選挙も現実味  (ビジネスジャーナル)

https://news.nifty.com/article/item/neta/12111-31814/

https://web.archive.org/web/20170315081311/https://news.nifty.com/article/item/neta/12111-31814/

5月下旬から6月にかけて、安倍首相が「国民の真意を問いましょう」と「逆ギレ解散」に踏み切るかもしれないという噂もまことしやかに流れていて、秘書たちも油断できない状況です。



《おまけ》

☆黒い霧解散

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%92%E3%81%84%E9%9C%A7%E8%A7%A3%E6%95%A3

黒い霧解散(くろいきりかいさん)とは1966年12月27日の衆議院解散の俗称。

1966年から日本の政界では黒い霧事件が相次いでいた。佐藤栄作首相は自民党総裁選で再選されるも、多くの批判票が集まった。野党も黒い霧事件の究明を求め、国会運営に支障を来たす状況であったため、佐藤内閣は12月27日に第54回国会が召集された初日に衆議院を解散した。日本国憲法下における召集時解散はこれが初めてであり、第54回国会は1日だけの会期となった。

1967年に行われた第31回衆議院議員総選挙では自民党は微減するも、予想外の善戦をし、安定多数を維持。佐藤首相は求心力を高め、第2次佐藤内閣を発足させた。

【動画あり】自民党幹事長が「稲田問題」を「この程度のことで」とお気楽発言

「この程度のことで、国会の審議が止まることはあってはならない」


☆自民・二階幹事長、稲田防衛相「辞任にはあたらない」 
(TBSの動画ニュース)

http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye3004666.html

https://web.archive.org/web/20170314210707/http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye3004666.html

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