歌詞はオリジナルは、イギリスの外交官セシル・スプリング=ライスによる詩であり、これは彼がスウェーデン駐箚イギリス大使だった1908年ごろに書かれた。 当時はラテン語で「神の都」を意味する「ウルブス・デイ(Urbs Dei )」あるいは「二つの祖国(The Two Fatherlands)」と呼ばれ、詩にはいかにキリスト教徒が祖国と天上の王国の両方への忠誠心を負うべきかが書かれていた。詩の一部は、作者が子孫にあたるスプリング家のモットーを基にしている。第一稿は、独自の構成として、第一次世界大戦前に典型的な、祖国への愛がはっきりとあらわされている。
1912年にスプリングは=ライスはアメリカ合衆国駐箚イギリス大使に任命された。アメリカ合衆国では彼はウッドロー・ウィルソン政権に、アメリカ合衆国が第一次世界大戦での中立からイギリス側として参戦しドイツと戦うように様に方針転換を働きかけていた。 アメリカ合衆国が参戦後、彼は本国へと呼び戻された。1918年の1月、出発の少し前に、彼は詩を推敲し「ウルブス・デイ(Urbs Dei )」と命名したが、ここには第一稿から大きく離れ、イギリスの兵士の多大な損失と苦しみを直截に描いたものになった。
第一稿の歌詞はめったに歌われないが、第二稿はイギリスととくに第一次世界大戦の戦没者に触れられる。最終稿の "And there's another country"とは天国への言及である。最後の行は『欽定訳聖書』の「箴言」の3:17 "Her ways are ways of pleasantness, and all her paths are peace."による。