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2012年2月20日月曜日

日経世論調査で「原発再稼動に賛成する」41%、反対する43%


807 名前:地震雷火事名無し(埼玉県)[sage]
投稿日:2012/02/20(月) 08:09:38.22 ID:Ndw/2Mtc0 [4/4]

原発再稼動、賛否が拮抗 - 賛成41%、反対43%
http://www.nikkei.com/news/headline/related-article/g=96958A9C93819481E3EBE2E3848DE3EBE2E0E0E2E3E08297EAE2E2E2

原発なくても火力発電があるさというのはダメ。火力発電の燃料費が増え、貿易収支を悪くするから。
電気代増なら企業収益落ちてリストラで自殺が増える。
なので、原発再稼動反対を増やすためには、反対をデモで叫ぶよりも、火力発電使用量を減らすことを考える方が重要。




990 名前:闇の声
投稿日:2012/02/17(金) 08:31:18

エネルギー政策は一度決めてしまったらそうそう簡単には変更出来ない。

自民党が原発について態度を明確に出来ないのは発電原料代が日本経済に与える影響の大きさだとも聞いた・・・しかしそれを言っても誰も納得しないし、所詮自民党は電力会社を始めとする経団連など財界寄りだと言われるだろう。

日本は巨大な製造工場なのであって、陰ったとは言えやはり製造業に対する依存度は高い。

それを勘案すれば簡単に原発止めますとは言えないだろう。

反原発の声を無視とか否定する訳ではないが、声を上げている人達を見ると山本太郎がその代表だが実業に従事していない人が多いなと思う。

世代間格差や生活格差に加えて労働や日本経済に対する基本認識の差もこの問題を複雑化させている気がする。

〔原発住民投票〕共産党の大阪市議たちは意外にも全員が「賛成」


「原発」大阪市民投票実施のための直接請求の件。

           ↓

http://bochibochi-ikoka.doorblog.jp/archives/3286500.html

賛成を表明してくれているのは、共産党の方々です。私は署名者数が超えることが予想されると判った段階から、既に大阪市会議員の方々に陳情メールや手紙の形で出させていただきましたが、共産党からは「実施の方向で動きます」との回答をいただいており、まさにそのとおりに回答されています。

共同通信世論調査で「衆院は比例代表定数を削減しろ」46・3%


☆内閣支持率29%に下落 共同通信世論調査 
(共同通信→中国新聞)

http://www.chugoku-np.co.jp/News/Sp201202200033.html

http://www.peeep.us/eff96da8

望ましい衆院選挙制度では「比例代表定数を削減し、いまよりも小選挙区制に重点を置いた制度」が46・3%を占め、次いで中選挙区制の22・7%。定数削減に支持が集まった可能性がある。




411 名前:新聞販売店勤務[sage]
投稿日:2012/02/20(月) 01:50:47.81 ID:S4Y9D2Ed

比例投票先

自民 24.4(-0.4)
民主 19.3(-1.0)
公明 4.1
共産 4.2
新党きづな 0
社民 1.4
みんな7.7
新党大地 0.6

@ソースは共同通信世論調査


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民主党の衆院議員たちが「選挙直前での集団離党」を画策


最近では「新党にくら替えすれば当選できる」「民主党のまま選挙には出ない」と周囲に公言する1回生も珍しくなくなった。

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120219/stt12021922460005-n2.htm

〔新座市議選〕みんなの党が「民主党右派」の票を食った形


320 名前:無党派さん[sage]
投稿日:2012/02/19(日) 23:38:54.49 ID:hdv+Lzcc [2/2]

http://www.city.niiza.lg.jp/12senkyo/240219.php
新座市議選の結果
民主現職2名落選、みんな新人2名当選



333 名前:無党派さん[sage]
投稿日:2012/02/19(日) 23:57:58.74 ID:h6FU37wJ
新座市は共産党6議席を守ったのと対照的に
民主党が現職が得票数を半減させて全滅か

みんなの党は右翼路線ということが左派には分かってきて、
共産党の票を食わない代わりに、民主党の保守票を食った形だな

〔原発事故の考察〕騙す者だけでは「無駄な被曝」は発生しない


武田邦彦教授のブログより

http://takedanet.com/2012/02/post_c6aa.html

福島原発事故で私がもっとも野蛮だと思ったのは、「被曝に負けない子供」という言葉です。県民税、市民税が減ると生活に影響があると心配しているとしか思えない人たちは地域から人が逃げていくのをいやがり、「被曝に負けない子供」という奇妙な発想をしたのでしょう。

水俣で水銀中毒事件が起きたときでも、「水銀に負けない子供」という標語を作り、水銀で汚染されたサカナを食べさせるようなことはしませんでした。新型インフルエンザが流行した時も、「新型インフルエンザに負けない子供」ということで学級閉鎖をしない、隔離しないということもありませんでした。

科学が進み、魔女がいなくなった今の日本で、まさか「被曝に負けない子供」という言葉を作って、子供たちの被曝をそのまま放置する方法の一つとして活用したのは野蛮な行為であり、私は気分が悪くなります。

これに似たのが「農家の人を助けよう」という言葉で汚染された野菜、牛肉を売ったことです。確かに汚染された農作物を食べたいという人はいませんが、「農家の人を助ける」と聞くと「私の食べないといけないかしら」と思うのは、「こころ優しい日本人」のような気がしますが、決してそうではないと私は思います。

被曝した農作物を出荷するという行為は農家の信用を落としますから「農家の人を助ける」ことにもなりませんし、それを食べる人の「健康を損ねる」ことにもなります。もともと「人が食べるのにはふさわしくない」というものを出荷する人は「農家」ではないでしょう。

「農家」という名称は「そこから出荷される農作物を食べて命をつなぐ」というのではないでしょうか。あまりにも当然ですが・・・・・・

これと似た野蛮な言動が「風評被害」という言葉でした。風評被害というのは実質的に被害がないのに、噂を立てて被害を生じさせることを言いますが、1年1ミリ以上の被曝が法律上許されないのに、セシウムだけで1年5ミリシーベルトの被曝を認めた暫定基準を決め、おまけにセシウム量も測らずに出荷する農作物を買わない人に対して、政府が「風評被害だ」といったのには、これも気分がわるくなりました。

ある東北の知事さんが「県民はベクレルなどと言っても判らないから、安全か危険かだけ言うのが良い」と発言したのはびっくりしました。民主主義ですから、知事は「公僕」ですから、県民の召使いです。それが「主人はバカだから数字はわからない」と公言するのですから、なぜ知事になりたいのかも理解できません。

原発事故の直後、「直ちに健康に影響は無い」と政府は繰り返し、1年経ったら、「被曝の影響がすぐ現れることはないのは常識だ」と原子力安全委員長が会見で発言するのですから、これも驚くべきことです。

このようなことはここ1年で数限りないほどあり、それは多くの人の心をかなり痛めたような気がします。「自分の住んでいる日本、こんなに誠実で学問を尊重してきた日本、子供を大切にしてきた日本。それが本当の姿はこんな社会だったのか!」と残念に思います。

             ↑

戦争責任者の問題   伊丹万作
(『映画春秋』創刊号・昭和二十一年八月)

http://www.aozora.gr.jp/cards/000231/files/43873_23111.html

(前略)

 さて、多くの人が、今度の戦争でだまされていたという。みながみな口を揃えてだまされていたという。私の知つている範囲ではおれがだましたのだといつた人間はまだ一人もいない。ここらあたりから、もうぼつぼつわからなくなつてくる。多くの人はだましたものとだまされたものとの区別は、はつきりしていると思つているようであるが、それが実は錯覚らしいのである。たとえば、民間のものは軍や官にだまされたと思つているが、軍や官の中へはいればみな上のほうをさして、上からだまされたというだろう。上のほうへ行けば、さらにもつと上のほうからだまされたというにきまつている。すると、最後にはたつた一人か二人の人間が残る勘定になるが、いくら何でも、わずか一人や二人の智慧で一億の人間がだませるわけのものではない。

 すなわち、だましていた人間の数は、一般に考えられているよりもはるかに多かつたにちがいないのである。しかもそれは、「だまし」の専門家と「だまされ」の専門家とに劃然と分れていたわけではなく、いま、一人の人間がだれかにだまされると、次の瞬間には、もうその男が別のだれかをつかまえてだますというようなことを際限なくくりかえしていたので、つまり日本人全体が夢中になつて互にだましたりだまされたりしていたのだろうと思う。

 このことは、戦争中の末端行政の現われ方や、新聞報道の愚劣さや、ラジオのばかばかしさや、さては、町会、隣組、警防団、婦人会といつたような民間の組織がいかに熱心にかつ自発的にだます側に協力していたかを思い出してみれば直ぐにわかることである。

 たとえば、最も手近な服装の問題にしても、ゲートルを巻かなければ門から一歩も出られないようなこつけいなことにしてしまつたのは、政府でも官庁でもなく、むしろ国民自身だつたのである。私のような病人は、ついに一度もあの醜い戦闘帽というものを持たずにすんだが、たまに外出するとき、普通のあり合わせの帽子をかぶつて出ると、たちまち国賊を見つけたような憎悪の眼を光らせたのは、だれでもない、親愛なる同胞諸君であつたことを私は忘れない。もともと、服装は、実用的要求に幾分かの美的要求が結合したものであつて、思想的表現ではないのである。しかるに我が同胞諸君は、服装をもつて唯一の思想的表現なりと勘違いしたか、そうでなかつたら思想をカムフラージュする最も簡易な隠れ蓑としてそれを愛用したのであろう。そしてたまたま服装をその本来の意味に扱つている人間を見ると、彼らは眉を逆立てて憤慨するか、ないしは、眉を逆立てる演技をして見せることによつて、自分の立場の保鞏(ほきよう)につとめていたのであろう。

 少なくとも戦争の期間をつうじて、だれが一番直接に、そして連続的に我々を圧迫しつづけたか、苦しめつづけたかということを考えるとき、だれの記憶にも直ぐ蘇つてくるのは、直ぐ近所の小商人の顔であり、隣組長や町会長の顔であり、あるいは郊外の百姓の顔であり、あるいは区役所や郵便局や交通機関や配給機関などの小役人や雇員や労働者であり、あるいは学校の先生であり、といつたように、我々が日常的な生活を営むうえにおいていやでも接触しなければならない、あらゆる身近な人々であつたということはいつたい何を意味するのであろうか。

 いうまでもなく、これは無計画な癲狂戦争の必然の結果として、国民同士が相互に苦しめ合うことなしには生きて行けない状態に追い込まれてしまつたためにほかならぬのである。そして、もしも諸君がこの見解の正しさを承認するならば、同じ戦争の間、ほとんど全部の国民が相互にだまし合わなければ生きて行けなかつた事実をも、等しく承認されるにちがいないと思う。

 しかし、それにもかかわらず、諸君は、依然として自分だけは人をだまさなかつたと信じているのではないかと思う。

 そこで私は、試みに諸君にきいてみたい。「諸君は戦争中、ただの一度も自分の子にうそをつかなかつたか」と。たとえ、はつきりうそを意識しないまでも、戦争中、一度もまちがつたことを我子に教えなかつたといいきれる親がはたしているだろうか。

 いたいけな子供たちは何もいいはしないが、もしも彼らが批判の眼を持つていたとしたら、彼らから見た世の大人たちは、一人のこらず戦争責任者に見えるにちがいないのである。

 もしも我々が、真に良心的に、かつ厳粛に考えるならば、戦争責任とは、そういうものであろうと思う。

 しかし、このような考え方は戦争中にだました人間の範囲を思考の中で実際の必要以上に拡張しすぎているのではないかという疑いが起る。

 ここで私はその疑いを解くかわりに、だました人間の範囲を最少限にみつもつたらどういう結果になるかを考えてみたい。

 もちろんその場合は、ごく少数の人間のために、非常に多数の人間がだまされていたことになるわけであるが、はたしてそれによつてだまされたものの責任が解消するであろうか。

 だまされたということは、不正者による被害を意味するが、しかしだまされたものは正しいとは、古来いかなる辞書にも決して書いてはないのである。だまされたとさえいえば、一切の責任から解放され、無条件で正義派になれるように勘ちがいしている人は、もう一度よく顔を洗い直さなければならぬ。

 しかも、だまされたもの必ずしも正しくないことを指摘するだけにとどまらず、私はさらに進んで、「だまされるということ自体がすでに一つの悪である」ことを主張したいのである。

 だまされるということはもちろん知識の不足からもくるが、半分は信念すなわち意志の薄弱からくるのである。我々は昔から「不明を謝す」という一つの表現を持つている。これは明らかに知能の不足を罪と認める思想にほかならぬ。つまり、だまされるということもまた一つの罪であり、昔から決していばつていいこととは、されていないのである。

 もちろん、純理念としては知の問題は知の問題として終始すべきであつて、そこに善悪の観念の交叉する余地はないはずである。しかし、有機的生活体としての人間の行動を純理的に分析することはまず不可能といつてよい。すなわち知の問題も人間の行動と結びついた瞬間に意志や感情をコンプレックスした複雑なものと変化する。これが「不明」という知的現象に善悪の批判が介在し得るゆえんである。

 また、もう一つ別の見方から考えると、いくらだますものがいてもだれ一人だまされるものがなかつたとしたら今度のような戦争は成り立たなかつたにちがいないのである。

 つまりだますものだけでは戦争は起らない。だますものとだまされるものとがそろわなければ戦争は起らないということになると、戦争の責任もまた(たとえ軽重の差はあるにしても)当然両方にあるものと考えるほかはないのである。

 そしてだまされたものの罪は、ただ単にだまされたという事実そのものの中にあるのではなく、あんなにも造作なくだまされるほど批判力を失い、思考力を失い、信念を失い、家畜的な盲従に自己の一切をゆだねるようになつてしまつていた国民全体の文化的無気力、無自覚、無反省、無責任などが悪の本体なのである。

 このことは、過去の日本が、外国の力なしには封建制度も鎖国制度も独力で打破することができなかつた事実、個人の基本的人権さえも自力でつかみ得なかつた事実とまつたくその本質を等しくするものである。

 そして、このことはまた、同時にあのような専横と圧制を支配者にゆるした国民の奴隷根性とも密接につながるものである。

 それは少なくとも個人の尊厳の冒涜(ぼうとく)、すなわち自我の放棄であり人間性への裏切りである。また、悪を憤る精神の欠如であり、道徳的無感覚である。ひいては国民大衆、すなわち被支配階級全体に対する不忠である。

 我々は、はからずも、いま政治的には一応解放された。しかしいままで、奴隷状態を存続せしめた責任を軍や警察や官僚にのみ負担させて、彼らの跳梁を許した自分たちの罪を真剣に反省しなかつたならば、日本の国民というものは永久に救われるときはないであろう。

「だまされていた」という一語の持つ便利な効果におぼれて、一切の責任から解放された気でいる多くの人々の安易きわまる態度を見るとき、私は日本国民の将来に対して暗澹たる不安を感ぜざるを得ない。

「だまされていた」といつて平気でいられる国民なら、おそらく今後も何度でもだまされるだろう。いや、現在でもすでに別のうそによつてだまされ始めているにちがいないのである。

 一度だまされたら、二度とだまされまいとする真剣な自己反省と努力がなければ人間が進歩するわけはない。この意味から戦犯者の追求ということもむろん重要ではあるが、それ以上に現在の日本に必要なことは、まず国民全体がだまされたということの意味を本当に理解し、だまされるような脆弱(せいじやく)な自分というものを解剖し、分析し、徹底的に自己を改造する努力を始めることである。

 こうして私のような性質のものは、まず自己反省の方面に思考を奪われることが急であつて、だました側の責任を追求する仕事には必ずしも同様の興味が持てないのである。

 こんなことをいえば、それは興味の問題ではないといつてしかられるかもしれない。たしかにそれは興味の問題ではなく、もつとさし迫つた、いやおうなしの政治問題にちがいない。

 しかし、それが政治問題であるということは、それ自体がすでにある限界を示すことである。


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新座市(埼玉県)市議選で民主党推薦候補が全員落選した


新座市議会議員一般選挙(平成24年2月19日執行)の開票結果

http://www.city.niiza.lg.jp/12senkyo/240219.php

2012年2月19日日曜日

〔B層男性対策か〕サラ・ペイリン氏は胸元が広く開いた服を着て演説


407 名前:名無しさん@お腹いっぱい。
投稿日:2012/02/12(日) 18:11:08.48 ID:s8tmzj6C
Sarah Palin at CPAC 2012
http://www.youtube.com/watch?v=tXsrajvFGk8


409 名前:名無しさん@お腹いっぱい。
投稿日:2012/02/12(日) 18:28:53.83 ID:XgSTaJIf [2/2]
胸元、広いな w

〔占術〕カリスマ占い師「小宮山洋子氏は次回の選挙は厳しい」


207 名前:名無しさん@占い修業中[sage]
投稿日:2012/02/17(金) 17:06:04.38 ID:ul99P9fW [1/2]
小宮山洋子(こみやまようこ)厚生労働相(1948年9月17日生まれ)お願いします


209 名前:710 ◆y6xtY.dDr2 []
投稿日:2012/02/17(金) 17:17:43.21 ID:EZ1kXdWm [4/5]
小宮山洋子氏
賞賛を求める方です。
次回の選挙は難しいと思います。



〔邦訳〕シュピーゲル誌「原発近くに住む住民は癌になる率が50%高い」


☆Cancer Mysteriously Ravages German Village
(ドイツ誌「シュピーゲル」英語版)

http://www.spiegel.de/international/germany/0,1518,813852,00.html

Cancer has struck nearly every household in Wewelsfleth, a village of 1,500 inhabitants in northwest Germany near the mouth of the Elbe River. Residents feel not only cursed, but also abandoned by authorities in their search for an elusive answer.

(以下省略)




《在ドイツ邦人による邦訳》

SPIEGEL紙から。

北西ドイツエルベ川のWEWELSFLETH村で1998年から2008年の間に、(95人は癌と予想されていた)142人の癌の新しいケースが報告された.他の地域の人よりも癌になる可能性が50%高いと研究者が報告している.統計上,重要である.


KARSTENS氏は14市町村を構成する自治体の中のWewelsflethの市長である.

我々は諦めない.INGO.Karstens氏は戦いの準備は出来ている.彼は,時々,ドンキ.ホ-テのように感じると話す.彼は戦いがほとんど無駄にならないか心配しているようである.

Karstens氏はは1967年に近隣の町から村に移転して来た。彼の妻は61才で肺癌で死亡した。 Karstens氏は、比較的若い年齢で癌によって死亡した他のWewelsfleth村の住民の事を知って以来,彼は妻の早い死亡の理由が何故か知りたいと思った。そして,彼は答えを州政府に求めた.

三つの原子力発電所はWewelsfleth村のすぐ近くに建っている。一つ目の原子力発電所は、西へ4キロ(2.5マイル)にある.このBrunsbüttel の原子力発電所は、エルベ川の下流に位置している。三つ目の原発は川の反対側に建っている。3つの原子力発電所の内の1つの原子発電所の近郊が癌の発生率が非常に高く,原発に原因しているのが明白な答えである。

リューベックの大学の研究者によって行われた調査で、年齢や性別,地域などで原発に関連した異常を探した。研究では、Wewelsfleth村で人々は食道癌、胃癌、肺癌,いくつかの種類の癌になっている。専門家はBrokdorfの原子力発電所内での可能な限りの原因を調べ、Wewelsfleth村の造船所で使用された有毒スプレー塗料、農業における農薬の使用,又,Wewelsfleth村の住民が特に重喫煙者であったかどうかも調べた。研究では、明確に考えられる原因は得られなかった。

もちろん、Wewelsflethの人々は癌の検査を受ければ,可能性が高いので,癌になるのをより恐れている。これは、 "隠蔽効果"と呼ばれ、多くの場合真実が、不確実性を作ってしまう。

Karstensさんは小さなバルコニーの扉を開き外を歩く.彼のオフィスの窓からは緑の牧草地を眺める.遠くに、Brokdorfの原子力発電の冷却炉.癌のために責任があるという証拠は明らかではないが,にもかかわらず、責任はないという証拠はあるか?

2011年3月の日本の福島原子力発電所の災害の後、原子力発電は危険ではないと保障することができない理由で,ドイツ政府は2022年までに全ての核エネルギーを段階的に廃止することを決めた.Brunsbüttelの原発は閉鎖された.しかし,brokdorfの原発がもっと迅速に閉鎖されなければならないのに不思議である(稼動している)

Karstens氏は、2つの重要な質問を提起している:政治家はどのぐらい責任を持てるのか?人々は確実でないことを許することができるのか?

Karstens氏は近所の各家に癌に対応するよう行動した。Wewelsflethで癌患者になると "なぜ私が? "なぜ私達が"という質問が彼にされる.癌の病気は運命によってもたらされるのではない。それ以上の呪いのように感じる。

もちろん、Wewelsfleth村の住民は、移転したり、行動することによって、事態を変えることができる。しかし、そうするのは、もちろん、最初に,それらが自分で変えられるか知ることが必要である。(原子力、喫煙、アルコール、造船所など人々は防護のため、すべての原因を排除することができるのである。)

数日前、Karstens氏及び,いくつかの他の村の住民は嘆願書をKIELの州議会に提出しました.(WEWELSFLETH村の142人の癌になった理由を調査する要請)

しかし、その後、州議会は沈黙した.州 当局は何を発言したら良いか分からなかったのである。(隠蔽されたのか?)→以前テレビで見たとき,ジャーナリストが発言していました.

Karstensおよび隣人たちは、別の研究を実施するのに、特にWewelsflethに焦点を当てて欲しいと希望している。しかし、専門家は142の癌症例が統計的に有意な調査結果を作るのに十分ではないと述べる。言い換えれば、Wewelsfleth村の人々は病気の発生率も偶然かもしれないという考え方にされる.この原発による癌の病気についての論理的または公正さは無いのである。

彼の妻が死んだ後、Karstens氏はWewelsfleth村に滞在することした。地域で育った人々は離れたり移転しない傾向にある。数年後、彼は別の女性に出会った。

2009年12月初めに、この女性は、癌と診断された。実際に、彼女は病院から帰れることは許さないほど癌が進んでいた。





《翻訳者のコメント》

ドイツでも,エネルギ-会社の力は強く,州議会もが原発の放射能による影響で市民の健康が害している事実を隠蔽します.今は,ロシアから輸入している自然ガスに入れる科学薬品がパイプの裂け目から漏れ,150万の人民の飲み水が危険にさらされ.土壌も汚染されていますが,州議会も議員も,無視し,新聞社からの質問にノーコメントです.

どこの国も,同じようなことが起こっています. 利権のしがらみです.ドイツも,人権活動家,環境汚染を守る市民活動家が行動していますが,長い戦いになります. 


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