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2015年1月2日金曜日

青空文庫で宮地嘉六(無産者文学の旗手)著「老残」が公開された 

終戦と共に東京の空が急に平穏にかへつたときは誰もがホツとしたであらう。が、それから当分の間、あの遠くでならす朝夕のサイレンの声が空襲警報のやうに聞えて、いやだつた。
http://www.aozora.gr.jp/cards/001446/files/51948_55345.html



☆宮地嘉六

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%AE%E5%9C%B0%E5%98%89%E5%85%AD

宮地 嘉六(みやち かろく、1884年6月11日 - 1958年4月10日)は佐賀県出身の小説家。戦前は無産派文学の旗手として知られた。

佐賀市生まれ。貧困のため小学校を中退して仕立て屋の丁稚となるが、1896年に佐世保へ移り、12歳で海軍造船廠(佐世保海軍工廠)の見習工となる。このとき尾崎紅葉や徳冨蘆花を読んで文学に目覚めた。

その後16歳から31歳までは兵役を挟み旋盤工から旋盤師として約10年間を呉海軍工廠で、その他神戸、長崎、東京の工場を転々とした。

労働争議が続いた呉海軍工廠時代にはストライキの首謀者として広島監獄に拘禁もされた。

(略)

大正デモクラシーの時代にあって、素朴で、地味な勤労者の生活記録を書き留めた作品群は、プロレタリア文学運動史の前史、草分け的存在として意義付けられる。