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2015年2月21日土曜日

伊方原発3号機の再稼動が内定したが「津波の高さ」の想定が甘すぎる

☆伊方原発3号機、審査「合格」へ 3カ所目、再稼働は今秋以降
(産経新聞)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150221-00000076-san-soci

https://web.archive.org/web/20150220232255/http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150221-00000076-san-soci

基準津波(想定される津波の高さ)を4・1メートルから8・12メートルへと2倍に引き上げた。




《1596年に「伊方原発」周辺を10~15メートルの津波が襲った可能性》

☆慶長地震で伊方に10メートル超津波襲来か 
(愛媛新聞。2012年7月30日)

http://www.ehime-np.co.jp/news/local/20120730/news20120730224.html

https://web.archive.org/web/20150220232740/http://www.ehime-np.co.jp/news/local/20120730/news20120730224.html

九州や四国、本州の古文書や伝承から、1596年9月1日(旧暦閏7月9日)に起きた中央構造線を震源とする慶長地震が、愛媛から大分にかけて約170キロで起きた巨大な地震だった可能性があるとし、「当時、伊方原発周辺を10~15メートルの津波が襲った可能性がある」と指摘した。



☆慶長伊予地震

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%85%B6%E9%95%B7%E4%BC%8A%E4%BA%88%E5%9C%B0%E9%9C%87

慶長伊予地震(けいちょういよじしん)は、1596年9月1日(文禄5年閏7月9日)夜に発生した地震である。慶長伊予国地震とも呼ばれる。

(略)

3日後の1596年9月4日に豊予海峡を挟んで対岸の大分で発生した慶長豊後地震と、4日後の1596年9月5日に発生した慶長伏見地震(共にM7.0規模と推定)を合わせて、中央構造線上及び、その周辺断層帯で発生した一連の地震活動の一つとされる。こうした天変地異の多発によって同年中に文禄から慶長へと改元がなされた。


伊予郡保免村(現松山市保免)の薬師寺の本堂や仁王門が崩壊。
周布郡北条村(現西条市北条)の鶴岡八幡宮が転倒。
周布郡広江村(現西条市広江)で人家に被害。



《南海大地震発生なら津波で「(伊方町の中心部に社宅がある)伊方原発の作業員たち」が動けなくなり原発事故併発に対処できないおそれ》

☆死者最悪1万2千人 伊方に津波最大21m 愛媛
(2012年8月30日の朝日新聞・愛媛版)

http://www.asahi.com/special/bousai/OSK201208290211.html

http://www.webcitation.org/6WUhMGvVx

県内では伊方町に最大21メートルの津波が押し寄せ、
(略)
県によると、主な地点の津波の高さは、伊方町役場8.5メートル、宇和島市役所7メートル、松山空港3.3メートル、今治市役所2.9メートル。想定される津波の平均の高さも自治体ごとに公表され、愛南町10メートル、八幡浜市8メートル、伊方町6メートルなど。

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https://twitter.com/machi_desu/status/153386854316638208
愛媛新聞に伊方町の昔の津波のことが、、三浪の「最高点」は桁外れで、標高397mの堂堂山の中腹付近。周辺には「船頭ケ岳」という大きく岩肌が突き出た場所があり、大津波で流されてきた小舟を船頭が松の木につないだとの言い伝えが残る
http://twitpic.com/81ntge